Solitude A

Song: Nothing Even Matters – Lauryn Hill & D’Angelo

原稿がうまく進まないとか流星群を見忘れたとかいつものお茶を切らせたとか、精神の気圧が下がってくると私は不眠になる。そういえばここ数年1時間に1回、ひどい時には30分に1回目が覚め、3,4時間しか眠れず、朝までぐっすりという深い睡眠に見放されている。主治医からは冷たい目で「ヤバイね」と言われた。

久し振りに帰宅した夫もボサボサ頭で視線もドヨ~ン、生ける亡霊と化した妻を見るなり腰を抜かしたか「ちょっと出かけてみるか」と焦り、ひと晩の小旅行に連れ出してくれた。

1

5時間のロングドライブ、霧雨の中を駆け抜けて辿り着いた湖畔のホテルは前面いっぱいに湖を望む。シーズン前の静けさが嬉しい。だもの旅は、中途半端な時季がいい。湖に面したソファに腰掛けてそんなことを考えていると、もううっすらと眠気が目の前を漂っている。

2

海外からの陽気な観光客が夕食へと去っていくと、音と熱がすうっと引く。さっきまで賑わっていたラウンジからさらわれたように人の気配がなくなった。はじめから誰も座っていませんよ、と横目で笑う妖怪でもいるか。

残ったのは、そんなことにはおかまいなしな異空間。世界中の人たちが皆消され私たちだけが取り残された、やっぱり妖怪だ、そんな気分になる。

けれどその妙な空気がとても楽しい。時折夫と目を合わせては「静かでいいね、うしししし」と笑う。

3

エスカレーターを降りたフロアもそこここにソファが置かれ、湖を眺めることができる。

ぽつりと設けられたラヴチェアに腰掛けるとたちまち周囲は色を失くし、モノクロームの時に二人の姿も染められていくようなフィーリングを覚える。どんな会話もここでは白けてしまいそうで、けれど気だるいわけでもなく、とてもいい気持ち、黙ってぼんやりと荒れ始めた景色を見る。

床を這うように広がる冷気を感じるや否や私は気付く、流れていく時間から、私は己を切り取りたかったのだということに。

4

春の嵐が迫ってきて、テラスを濡らす。私たちは外に出る。写真を撮る。強い風に煽られる。私たちは笑う。髪が濡れ、肩が濡れ、けれど楽しくて子供のようにまた笑う。

ここはいいね、今日は楽しいね、を何度も繰り返している。

5

部屋に戻ると、日常を捨ててここに来た私たちの夜は長い。

「ここ、気持ちいいよ。座ってごらん」夫に促され、家から持ってきた文庫本を手に取ってスウェード生地の大きなリーディング・ヌックに背中を沈めると、ハワイの家のウォーターベッドを思い出すほどの快感。何年振りか、健康的な眠りへの誘いが私の体を静かに倒す。

私はソリチュード愛好家組合長だもの、リーディング・ヌックは玉座も同然。両脚を投げ出してクッションを抱え、本を読まずして何とする。けれど既に私は本を手放し、それがどこへ行ったかも分からず、気にせず、甘美な肌触りに酔うばかりなのだった。

薄れゆく意識の中で私は言う。

「Solitude Aだわ、Alone の A」

Alone は「独り」と同時に「二人きり」という意味も持つ。

旅は道連れ。あなたと私の Solitude A. 極上の孤独時間は、静けさや空間、愛読書がつくるだけでなく、何をせずとも一緒にいれば楽しい誰かがいてこそのものでもあるのだ。

ならばしっかり噛み締めればよいものを睡魔に襲われしっとりとした感動もそこそこにそのうち寝息を、ややもすると大いびきをかき始め、自らムードをぶち壊すのだった。

7

次に目が覚めると、湖は黄金色の朝陽に輝いていた。そして私は深夜一度も起きることなくぐっすりと眠ることができた。

久し振りによく寝たよ。夫に言うと、よかったねと返す。本当に、こんなに清々しい朝は最近では珍しい。こうして楽しい旅と good-night sleep を得て、また色彩豊かな日々の暮らしへと戻っていった。

これは絶対Solitude A のおかげに違いない。よし、ものは試しと「毎月この旅行を計画したらインソムニアも治るかもしれないね」と言ってみるも、例によって夫は聞いているのかいないのか、調子に乗りやがってとでも思っているのか、私のサジェッションを平気でスルーするのであった。

彼も実感しているはずなんだけどな、Solitude A の絶大なる効果。