青春時代の入口で~西高野球部闘魂注入ダンサーズ

 

Everybody’s youth is a dream, a form of chemical madness.

– F. Scott Fitzgerald

 

 
仕事にかまけて短い夏に背を向けていたら、いつしか旭川には涼やかな風が吹き、9月。辺りを見回せば、ススキやコスモスが揺れている。

無類の旅好きがこの夏は極小旅行にも出かけずいじけ気味であるのだが、日本に来てから夏の楽しみになった高校野球がひとつ、私にレモンスカッシュな思い出をつくってくれた。

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遡ること6月28日。前日雨で順延になった高校野球旭川地区予選の試合がどうやら開催される模様。時計を見るとあと20分で試合開始とある。大急ぎでその日は休日の夫を起こして支度をし、ブレクファストに用意しておいたアップルデニッシュを持ってスタルヒン球場へと急いだ。

スタルヒン球場は本当は旭川市民球場と言うのだそうだが、ロシア帝国に生まれ旭川で育った伝説の投手、ヴィクトル・スタルヒン(1916-1957)の功績を称え「スタルヒン球場」と名付けられたそうである。ロシア革命、第二次世界大戦と激動の時代に苦しめられた彼の人生に触れ、あらためて戦争への憤りと平和でなくてはならない日本が変わっていきそうな懸念に胸が痛む。

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さて、記憶に残る最後の野球観戦は確か Yankee Stadium. しかも現在のスタジアムではなくBabe Ruth や今も我等夫婦が愛して止まない “Donnie Baseball” Don Mattingly のホームグラウンド、旧球場であった。Hideki Matsui も大活躍していた頃だから随分前のことになる。

学生時代はほぼ毎週末ヤンキースを観に行っていた。当時はそれを誇らしく思えるほどの弱小チームで、現在とはまったく違った、昔ながらのワイルドなヤンキースだった。あのムードがなくなっていくにつれ、私はMLBを見なくなったように思う。

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ヤンキースに纏わるエピソードは尽きることがないが、球場近くの駐車場に車を止め外に出ると、ブラスバンドの演奏と応援団の声が高らかに響いていた。

「初めてのスタルヒン球場」の感動もそこそこに球場に入ると、地区大会だからか午前中の試合だったからか観客数はそれほど多くもなく、私たちはバックネット裏中段辺りに腰を下ろし、アップルデニッシュを食べながら観戦し始めた。

楽しい。もう楽しい。その場に座っているだけなのに、初々しい熱気が球場いっぱいに広がって見ている私たちにも伝わってくるのだ。

強豪旭川実業高校対旭川西高校の戦いは、1回の裏西高校の攻撃中であった。北海道の高校野球を知らなくとも地元対決というのはそれだけで見応えがあった。が、ひとつ問題が。どうせならどちらかひとチームを応援したいスポーツ観戦、なのにどちらを応援してよいか分からない。両校の選手たちが一生懸命プレイしているのにどちらか一方を選ぶだなんて、私にはできない。強い方?弱い方?うちに近い方?いくら何でもそれは違うだろう。そこで試合を観戦しながら心が傾くのを待つことにした。

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どこかのサイトに北北海道は旭川実業が優勝候補の一校であると書かれてあって、なるほど引き締まったプレイにまとまりのある応援団。強豪と言われるのにただただ肯く。トランペット・ソロもなかなかの腕前。盛り上げるなあと感心。

すると突然、びびびと私の好奇心アンテナが10時の方向へと伸びる。左前方、西高校の野球部員らしき男の子が5人、半狂乱(でもないか)でブラスバンドの演奏に合わせ舞っているのである。ダンスを、しているのだ。

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今はどこの学校もこうなの?確かに野球部員だ、ダンス部員ではなかろう。曲によってダンス、そう、闘魂注入ダンスも違うフォーメーションで実にかっこよく、実におもしろい。これが野球場でなければパフォーマンスだと思ってしまうくらいだ。チアリングも変わったものだなあと、時代比較、日米比較しながら実感する。本人たちにはおそらく「真剣なんだ、おもしろいなどと言ってくれるな」と言いたいところであろうが申し訳ない、見ているこっちは楽しくてたまらない。

にじりにじりと3塁側に近寄って行く怪しい中年夫婦。

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そして気が付けばこんなところに。時折飛んでくるファウルボールに怯えつつも西高野球部闘魂注入ダンサーズ「ウェスト・ハイ・マイティ・ロケッツ(West High Mighty Rockets)」(勝手に命名)は休むことなく踊り続ける。真剣な、というより無表情でマーチングバンドに導かれるまま飛び跳ねる。ヒットが出ると大歓声。点が入るとまた飛び跳ねる。青春は、跳躍だ。

彼等5人とブラスバンド、チアリーダーズ、声援に駆け付けた生徒たちの声と動きが一つになってフィールドに注がれていた。甲子園の大舞台でなく、地区大会だからこそ強くそれを感じられた。マイティ・ロケッツは休むことなく、次々と繰り出される楽曲に合わせダンスを送り届ける。選手たちを、また応援席にいる全員を奮い立たせるように。

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試合は惜しくも10-5で敗退となってしまったが、彼等は試合を大いに撹乱し、私たち見ている人の心を震わせた。勝った旭川実業の攻守も、応援も素晴らしかった。

選手たちが3塁側の応援席へと駆け付け美しい一列をつくると、応援団も前方へ駆け寄り大きな拍手を送った。ここにいる西高生全員が猛烈に感動しこの瞬間を心に刻み込んでいるのだろうと思ったら、遠い昔の高校時代が脳裏に浮かんで私の胸も熱くなった。

西高野球部の今年の夏は終わったが、去って行く背中を見送りながら、あの子たちは今、青春の入口に立っているんだなとふと思った。青春時代は人生のうちで最も楽しくて苦しくて、甘くて切ない季節。初めて味わう感情をいくつも積み重ねていく時間。熱い思いを抱いて足を踏み入れて行く彼等の足下は明るい光に照らされ、頭上には虹のアーチが歓迎していることだろう。何十年も経ってから、夢のような時代であったと振り返ってもらいたい。

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そういえばこの日のスタルヒン、涼しい顔をしているようで実は笑いをかみ殺しているのを私は知っている。

両校の応援の中に、こんなふうに叫ぶのがあったのだ。

「オマエハイイオトコ ○○○」

後で知人からこれはプロ野球からのアダプテーションなのだと聞かされ彼らのオリジナルでないことを知って少々残念ではあったのだが、男子も女子も、特に女の子たちが大声を張り上げて(ごめんあそばせ)この声援を送る様子がかわいらしくて楽しくておかしくて、青春とは少年のみならず乙女もクレイジーにしちゃうんだなあとつくづく思った。クールな笑みのスタルヒンだってさすがに吹き出してしまう。

青春はこういうふうに使わなくちゃ、今を通り過ぎたら二度と戻れない場所だもの。この時代の出口さえ遠くなった私は若草色の狂乱に拳を振り上げる彼女たちにも拍手を送りたくなったのだった。