11番目の部屋

私の心にはひと月ごとの思い出が詰まった12の部屋があって、中でも11月の部屋はもう、扉を開けようものなら思い出がぱーんと飛び出してきそうなほどに忘れがたい思い出でいっぱいなのであるが、ニューヨークの家を離れてから毎年この時季に記憶が連れてくるのが、11月になると訪れた小さな町の風景である。

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ペンシルベニア州ランカスター郡。アーミッシュ居住区である。日本ではハリソン・フォードの主演映画 “Witness (邦題は「刑事ジョン・ブック 目撃者」)”で知られるところではないかと思う。

ニューヨークの家から車で2時間弱のこの町にはキリスト教を重んじるドイツ系移民が暮らす。厳しい規律によって移住当時の暮らしを守っており、基本的に電気のない自給自足の生活を伝統的に続けているという。

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町を車で走っていると、道端を馬車で走るアーミッシュの女性に出くわす。反対車線からは自動車が連なり、人種とかライフスタイルとかよりも、彼らと私たちの相容れぬ哲学の境界線を見ているような気分になる。例えば衣服についても、彼らは無地の生地で作った決まったデザインの洋服を身に着ける。確かに街を歩くと子供たちの洋服には大人よりも多少カラフルなものがあるが、フリルの入ったワンピースなど着ているアーミッシュの少女など、当然なのだろうが見たことがない。到底真似のできない信仰の深さと意志の強さに畏れさえ感じる。

が、彼らこそが現代社会との関わり方に苦悩しているのだそうだ。情報社会のアメリカで電話やテレビのない生活はとても難しかろう。実際、アーミッシュの家族が住んでいるらしき家のすぐ横に立つ電信柱にその苦労が垣間見える。

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現在は実際のところどうなのか知る由もないが、アーミッシュの基本的な戒律を紐解くと、彼らの教育は日本でいう中学2年までで終了するようである。その後16歳になると「ラムスプリンガ(Rumspringa, Rumschpringe)と呼ばれる「猶予期間」が与えられる。宗教生活から解放され、所謂「俗世」の仲間入りをしてみる2年間で、その後教会へ戻るか、アーミッシュとしての人生を捨てアメリカ人として生きていくかを選ぶことになる。驚いたことに、85~90%の若者たちが教会へ戻っていくそうである。

*アーミッシュの人たちは宗教上の理由から基本的に写真撮影を拒否する。上の写真は声をかけて「私と分からないように遠くからなら」と了承を得たもの。

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ただやはり、ランカスターにも妥協点はある。今やどの国も観光産業なしには成り立たないと言えるだろうが、この町もすっかり観光スポットと化し、ギフトショップのカウンターにはコンピューターを操作するアーミッシュの店員がいたりする。文明社会に生きる私たちにとっては特段目にも入らない光景であるが、ここに来てそれを目の当たりにすると、心の片隅がほんの少し痛む。

同情とかそんなことではなく、本来あるべき自分たちの姿と、アメリカという巨大先進国に在る現実との狭間でどう折り合いをつけていくかを常に問われているのではないかと考えた時、大きな壁に沿って歩く彼らの運命に、畏敬の念が溢れ出すのだ。

尤も、彼らのコミュニティから地球と冥王星ほども離れた場所で生きるゆるキャラ・ケイティが勝手に考えることで、実はもっと大らかに捉えているのかもしれないが。

けれど私にとってこの町の記憶はきっといつまでも、己の存在価値を再考させる場所である。これでいいのかな、いいわけないなと教会へ行くような気持ちで、思い出すたびに悔い改め、姿勢を正す。あっという間に忘れるところが相も変わらない私の愚かさであるが、それでも毎年11月に懺悔の気持ちを呼び起こしてくれるランカスターは心の洗濯場所で、いつも感謝している。

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今年も11月が来るなりアーミッシュキルトの鍋敷きをキッチンのアクセサリーに飾った。もう30年近く使っているためボロボロでとてもお見せできないが、これを見つけた時の喜びやお店の様子、カウンターの女の子との会話までしっかりと覚えている。彼女は「実はニューヨークチーズケーキが好き」とほんのりピンクの頬で愛らしく笑っていた。ラムスプリンガの間に多くの刺激を受け、それを思い出に戻ってきたんだろうな、彼女も。

そろそろThanksgivingだ。アメリカにいれば4連休を使って小旅行に出かける計画があって今頃はハートうきうき新しい靴だのバッグだのを見て回っているのであろうが、今年などは忙しくて七面鳥を焼く時間さえ見つけられそうにない。せめてパイくらいは用意して「仕事まみれの感謝祭」とこんなタイトルの小さな思い出を、ランカスターの雄大な秋へと心を返し「これではいけない」と毎年のように悔いながら、扉を開ければ数々の思い出がぱーんと飛び出す11月の部屋にまたひとつ、詰め込むことにしよう。