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Solitude Lovers Union

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  • June 21, 2017

    June Bride

    June Bride

    “Maybe I’m Amazed” by Jem 毎年6月20日はハッカの里・北海道北見市が制定した「ペパーミントの日」なのだそうだ。北見近郊の道の駅やギフトショップにはミントを使ったお土産ものが数多く並んでいる。中でも虫よけスプレーやクッキーなどはポピュラーだが、私が気に入っているのはハーブティー用のドライ「白ミント」。ペパーミント同様爽やかな香りが特徴で、幾分クセが弱いようだ。 これをデカンタに落とし水を注ぎ入れて「ホワイトミント・ウォーター」を作るのが我が家流。寝る前に作って翌朝一番に飲むと、ああ夏が来たなと思う。 ミントというと、私は自宅の庭に50種類ものハーブを植えている知り合いの老婦人、ケリーを思い出す。 これはケリーが話してくれた “true love story” である。 グラフィックデザイナーのケリーは58歳の時、会社役員として第一線で活躍していた夫オリヴァーが脳梗塞で倒れたのを機に引退し、自宅でのんびりハーブクッキングでもしようとハーブ園を庭に作り、夫の看病をしながら園芸店でもできそうなほどに種類豊富なハーブづくりを楽しんでいた。 ようやくオリヴァーが普段どおりの生活に戻れたある夕方、突然妙なことを口にした。 「そろそろ僕、帰ります」 彼は、認知症にかかっていた。 それまでも物忘れが顕著になってきたなと思ったり、モールのエスカレーターになかなか乗れない彼を見ながら多少の気掛かりはあったものの、どれも脳梗塞の後遺症だとばかり思っていたが、認知症。これを疑わなければならなくなった彼女は愕然とする一方で、彼との付き合い方を急いで覚えなければと、その日から勉強し始めた。 1年後、彼は妻を忘れ、夫婦の「他人の関係」が始まった。彼は自宅を自分の家だとは思ってはいないもののどこへ行こうというわけでもなく、ただ他人行儀に、けれど以前の彼と何ら変わらず心地良く日々を過ごした。食事のテーブルにつくたびケリーに「僕の為にいつもありがとう、君のオムレットは世界一だよ」と言い、トイレの場所が分からなくなると「どうも何度来てもよそのお宅は覚えられないものだね」と平然と笑った。そしてひとしきり他愛もない話をして夕方になると「そろそろ帰らないと」と席を立った。その都度妻は「いいのよ、今夜はゆっくりしていってください」と引き留めたと言う。 たった一度、神様のご褒美と彼女が言うようにオリヴァーは「そうだ、今年も秋にウィリーのところへ行こうか」とケリーに言った。一番下のウィリーはボストンの大学院に通っていて、2年前紅葉の美しい頃に夫婦で息子を訪ねたのを消え入りそうな記憶のどこかに残しているようだった。もちろん、翌朝その話をケリーがしても、もう覚えてはいなかった。そんな時、ケリーは二人でいるのにまるでひとり暮らしをしているような孤独を感じると呟いていた。 同じ年、独立記念日のBBQパーティーの計画を始めたある夜、ドスンという大きな音にケリーは驚き玄関ホールへ駆けつけると、階段下にオリヴァーが耳から血を流して倒れていた。気分の良かったその日、彼は何を思ったかおぼつかない足取りで2階へ上がっていこうとしていたようだ。 すぐに手術ということになったがドクターからは、このままになるかもしれない、 “I’m sorry” という言葉が返ってきただけだった。 そう言われても信じない。ケリーは心にそう決めて、いつオリヴァーが目を覚ましても良いように、目を覚ました時彼女が傍におらず不安にさせてはいけないと片時も離れず祈り、彼の名を呼び、「あなた、今夜はミートボールよ、そろそろ起きて」と声を掛け続けた。 何の反応もないまま1日が過ぎ、事故から翌々日の午後、オリヴァーは意識を取り戻した。ケリーを見つけると小さく笑顔をつくり、彼女の手を軽く握り返すと彼女も両手で彼の手を包んで肯いた。 しばらくそうして見つめ合ったあと、もう殆ど動かせない彼の唇が何かを言おうとしている。彼女が彼の口元に耳を近付けると、ようやく聞き取れるような声で、 「僕と結婚してくれませんか」 今、彼女は「あれが彼の本心だったのか、それとも夢でも見ていただけだったのか、実を言うと分からないの」とさっぱりとした口調で言う。そしてこう続けた。 「でもね、同じ相手が別人になってもやっぱり結婚しようと思うのだもの、私は生涯彼に愛されていたのよね」 病床のプロポーズは、彼の最後の言葉となった。 認知症の介護は時に壮絶で、逃げ出しそうになったこともあるとケリーは話した。それでも現在、彼との人生は幸せだったと胸を張って振り返られるのは、彼女を支えてきたのが、夫オリヴァーと共に30余年育んできた真実の愛であったからに他ならない。 ケリーは今も、年に2度の結婚記念日を、庭のハーブで作ったオリヴァーの好物、レモンとセージのケーキを作って祝っている。 「彼と向かい合って食べているのよ」私にフレッシュミントティーを淹れてくれる彼女は昔と変わらずとても幸せそうだ。   夫よ。もしもずっとずっと先のいつか、あなたが私を忘れてしまったなら、今よりももっと楽しい話ばかりをして大きな声で笑って暮らそう。思い出の地を、初めて巡ったような顔をして「また来ようね」と言おう。もしもずっとずっと先のいつか、私があなたを忘れてしまったなら、そんな日が来てしまったなら、とは考えずにおくわ。私はあなたを決して忘れたりしません。初めて旅したグリーンポートも、辛くて帰れないのではないかとさえ思った山登りの思い出も、スロットでジャックポットが入り続けたバブリーな夜も失ってしまってはもったいないもの。だから今からオメガ3を飲んで大豆を食べて、あなたに迷惑を掛けないように心掛けておくつもり。   北見観光協会ホームページ top, herb & table images by Shelby Deeters American flag image by Aaron Burden wedding aisle […]

  • June 11, 2017

    Escapism ~ 過ぎ来し方と遊ぶ家

    Escapism ~ 過ぎ来し方と遊ぶ家

    BGM: “Missing You” by George Duke     冬に別れを告げる心の準備も整った5月初旬、春を求めて道東へ向かい帯広、釧路と巡ってゆっくり海岸線を走りながら目指したのは日本最東端の町・根室。そして旅の終着点に決めた納沙布岬を訪れて帰路に着こうという頃。 陽の傾き始めた根室の静かな町で見つけた白い看板。”guild Nemuro”. ヨーロピアン・アンティークをはじめ日本製ジュエリーやアパレル、テーブルウェアを揃えたセレクトショップだ。オーナーの中島孝介氏が2013年この地に構えた。 扉を開き足を踏み入れると、そこには柔らかなライティングと午後の自然光が溶け合ってノスタルジックな空気が流れ、サイプレスやジュニパー、あるいはフランキンセンスだろうか、その中にベルガモットを落としたような神聖で心地良いセント、空間に広がる静寂。思わず深呼吸する。 まず目に飛び込むのは、スムースで優しい光を湛えたミルキーホワイトの食器。店全体に楚々とした印象を与えているそれらはヨーロピアンアンティークと日本製。質感の違いが楽しい。 ダウンタウン・マンハッタンのインテリアショップを思わせる、ラスティックながらもスタイリッシュなディスプレイの店内に心なしか懐かしいのはおそらく、店のそこここに佇むヴィンテージインダストリアルの家具が持つ温かで重厚な存在感のため。 コッパーのケトルは広い店内でもひと際輝きを放っている。とても気に入ってしばらくの間、かがんだままじっと見とれていた。 店主に尋ねると、ここに集められたアンティークはオランダ、フランス、ベルギーで彼の心を掴んだものたちなのだと言う。 成り行きに任せたようにもデザインされたようにも見えるウッドストーブのコーナー。フロアに漂う北海道の冷気は時を止める役割を担う。音もなく、耳に入るのは靴音だけ。 店主との運命の出会いを果たした鯨は、guild Nemuroの守護神となって悠久の時へと私たちの船出を誘う。 100年前の北欧に咲き誇っていた花たちは海を超え、遠い日本の小さな町で新しい命を授かり再びその美しさを取り戻した。 私は壁の前に立って我が家を思い描く。この9枚のフレームを北西に窓のある書斎に飾ると、マホガニーのデスクとよく合うに違いない。3枚ずつ縦に、横に。いややはりこのままにしてあの部屋をミュージアムにしよう。空想は尽きない。 良いものを置いている店では想像力も、また願望も豊かになるものだ。 この店は、古き良き世界の国々へ連れていってくれるだけでなく、現代日本の美も伝えている。アンティークテーブルにも馴染む食器はプレーンで落ち着きがあり料理を選ばない、長崎・波佐見焼のテーブルウェアブランド”Common” のもの。横に並ぶカトラリーは、北欧の貴族が使ったものか。そんなファンタジックな情景が目の前に映し出されるよう。 アンティークたちが生まれた頃へと遡り、時空を超えた散歩でもするようにゆっくりと見て回るのが楽しいguild Nemuro。そこにあるひとつひとつに刻まれた物語を空想すると、魂が身体から抜け出したような浮遊感を覚える。 この時気がついた。この店で私はエスカピズム(escapism・現実逃避)を体験しているのだ。 一番奥でこちらをじっと見つめるキリンに圧倒されその場に立ち尽くしていると「お譲りしましょうか」とラフに言う店主。もの静かな彼の宇宙レベルの思考にもう一度驚く。 guild Nemuroがコンセプトに掲げる「衣食住」は店独自の世界を際限なく広げていく。 店主が根室に移るきっかけとなったジュエリーデザイナー・古川弘道氏やファッション・デザイナー・suzuki takayuki氏の作品もまたこの店をよりchicに彩っている。 陶器やガラスの美しさに魅了され、手に取ればそのぬくもりに夢中になり、時の経つのも忘れたままいつしか扉の向こうは夜へと色を変え始めている。 陽光の射し込む時間帯には夕暮れ時とは違った、爽やかでライブリーなエナジーが漂うのだろう。 guild Nemuroに纏わるさまざまな話を惜しげもなく聞かせてくれた親切な店主に別れを告げて店を出ると、日曜日の午後6時40分。夕陽はオレンジとパープルを程よく混ぜて街中を染め、美しい日常が私を100年前の世界から覚醒させた。 過ぎ越し方と遊ぶ家は、明日もここで訪れる人を待つ。   guild Nemuroホームページ AVMホームページ suzuki takayukiホームページ 根室市観光協会ホームページ Nemuro Tourism Information official Website(in English) all images edited by Kaori […]

  • June 9, 2017

    Moments #8: Listening to the Loved One

    Moments #8: Listening to the Loved One

      「鳥は言語でコミュニケートする」という話は本当か。知識もないのに確かめずにはいられず、これを知って以来さえずっている鳥に遭遇するとそっと近付き鳴き声に耳を傾けることが多くなった。 5月のとある休日の朝。朝食がてら散歩に出ると、桜の季節とは言え北海道の朝はまだ10℃をやっと超えるくらいでウールのコートをまだまだ手放せず、ポケットに手を入れたままあてもなく歩いた。 我が家から10分足らずのお宮さんに立ち寄ると参道には人影もなく、時折さわさわと聞こえる木の葉を春風が揺らすだけ。この音が心地良く耳をそばだてていたらすぐ近くから、 キュイーキュイーキュルルルルル 夫と私は周囲の木々を見回し、1分も経たずに鳴き声の主を特定した。 あの鳥だ。桜の木だ。 こういう時はむやみに意識し過ぎて身を低くなどするよりも平静を装って普通に歩いて近付く方がいい。この解釈が正しいかは定かでないが、とにかく鳥の真下まで無事に辿り着き、気配を消すよう努めた。 鳥は私たちにじっと背を向けている。人の気配を感じてというよりも、何かに集中しているような佇まいにも見える。 キュイーキュイーキュルルルルル 尾を震わせ神社の隅々まで響きわたるほどの美しい声に息を飲む。いったい何を言っているのだろう、誰に向かって鳴いているのだろう。 すると、 キュイーンッキュイーンッ 同じ声だが跳ね上がるように艶っぽい、鳴き方の違う鳥がどこかにいる。そしてもう一度。 キュイーンッキュイーンッキュイーーーンッ 残念なことに人は実に多くの言葉を持ちながら、こうして鳥の鳴き声を文字にして並べてみると何とも間の抜けた感じになってしまう。が、そんなことにはおかまいなしにカワセミに似たこの鳥は肩を少し持ち上げるようにして、天まで届くような実に澄んだ声で再び、 キュイーキュイーキュルルルルル そしてまた鳴くのを止めると、鳥は羽をたたみ私たちには見えないように少し俯いた。どことなく悲しげに見える鳥の後ろ姿を不思議に思う。私たちほど複雑な感情を持っていたりはしないだろうに、この哀愁はどこから漂ってくるものなのか。そしてほどなく、姿の見えない鳥がこの声に返すように短くさえずった。 キュイッ 突然、私たちの頭上の鳥はキュッと素早く軽く振り返り、身を固くした。 ぴくりとも動かず顔だけをもっと高い木へと向けたまま、ただひたすらに相手の次の言葉を待つその瞳は、相手に何かを懇願するようにも、また胸に秘めた思いに潤ませているようにも見えた。 咄嗟に感じた。彼等の、これが恋に落ちた瞬間ではないかと。 それからこの鳥は幾度も小さく羽を広げたり立ち位置を確かめたりしながら、一度ぴたっと止まると艶っぽい声の主へと飛んで行った。 自然豊かな北海道は多くの鳥が繁殖地として選ぶ。山を歩いたり車で通り抜けながら呼応するふたつの鳴き声を聞くたびに、ああ恋の季節なんだなと思い幸せを分けてもらっているような気分になる。が、実際にはどんな会話を交わしているのだろう。シジュウカラなどは人間に近い言語のやりとりができると言う。 「下に鬱陶しい人間が2個もいるんだよ、どうしようか。やつらの嫌がるものでも落としてやろうか」 まさかそんなことは言っていないだろうと信じたい鬱陶しい人間2個、次回は何とかして彼等の会話に入り込みたいと独自の方法を模索している。   all photos by Katie Campbell / F.G.S.W.

  • June 1, 2017

    Tender Words on Say Something Nice Day

    Tender Words on Say Something Nice Day

    “You Can Have Charleston” by Darius Rucker, born and raised in Charleston, SC     毎年6月1日は”Say Something Nice Day” (優しい言葉をかける日)。 発祥はアメリカ、サウスキャロライナ州・チャールストン。2006年、北チャールストンと南チャールストン市長・キース・サメイが「私たちの人生に関わってくれた特別な人たちに感謝の気持ちを伝えよう」と宣言したホリデイで、国で制定されている祝日ではないが現在も市長は毎年市議会でこの日を称えるのだそうだ。 雨が多くても、きらきらと輝く夏の日差しがぴったりな美しいこの町だからこそ生まれた、ポジティブで愛らしいホリデイであると、遠い日の短い旅を振り返るたび思う。 特別なイベントなどが催されるといったことはないものの、家族や友人、普段お世話になっている人たちに「いつもありがとう」と声をかけ、オフィスや学校ではデスクの上にメモを残したり、また病院ではドクターやナースに、郵便配達に来てくれるメイルマンにも感謝を伝えようというアクティビティは、チャールストンからやがて全米各地へと広まった。 中にはイヤな思いをさせられて良い言葉なんてとても浮かばないという人もいるに違いない。そんな時は、こんないいことを言った男の子がいる。 「優しい言葉を伝えられないなら、何も言わなければいいんだよ」 ディズニーの「バンビ」に登場するバンビの友達、うさぎのサンパー。気分が悪くて誰かに嫌味を言ってしまいそうならむしろ、何も言わず気持ちを軽くしてくれる詩集を読んだり、画集を眺めたりしてみる、ハーブティーでも飲みながら、せめてこの日だけは。これもまた、ささやかな幸せのつくり方。 心のこもった優しい言葉には人を幸福にする力がある。誰かと誰かが優しい言葉をかけ合ってそこで生まれたふたつの小さな幸せが世界中に広がっていけば、この地球はもっともっと美しい星になるだろうに。Say Something Nice Dayには、こうした願いも込められている。 今日車を走らせながらふと子供の頃に食べていた母のお弁当を思い出し、もう食べることもないんだなと思ったら年齢を重ねることの寂しさを感じたのだった。 母のお弁当はバラエティに富んでいた。定番だったのは、唐揚げとゆで卵の黄身の部分をマッシュポテトとマヨネーズで和えてソフトクリームのように、半分にカットした白身の中に絞り出したエッグカップサラダのコンボくらいで、ホームメイド・バーガーの日もあれば、六本木の明治屋で時々買ってきた、見たこともなければ子供の口にはお味もちょっと微妙な「中近東のパン」なる名前のグレーのパンを使ったフライドチキンのサンドウィッチ、そして干しぶどうとにんじんのバターピラフの真ん中にドライカレーという日の丸弁当の日もあった。正直なところ、友人たちから「あ、ケイティの日の丸弁当、ヘン!」とランチボックスを覗き込むように笑われた苦い思い出もあるが、母には永遠にコンフィデンシャルとする。 今では珍しくもないシンプルなエッグカップサラダは東京・麻布で生まれ育った母らしく、すぐ隣に住んでいたアメリカ人家庭で祖母が教わったものだ。おかげでこのひと品は親子三代に渡る我が家の伝統料理になった。 年老いた母は今も気丈でしんみりした話など好む人ではないが、「あなたのお弁当が食べたいわ」と今の気持ちを贈ったら、きっととても喜んでくれるだろう。 もうすぐ現役を引退する父には、「ありがとう、私の幸せな人生はパパがつくってくれたものです」と、電話は恥ずかしいからメイルしよう。 両親以上に大切になった夫には、そうだな、”You’re my eternal OAO(one and only) buddy (あなたは永遠に唯一無二の大親友)” と彼の肩をたたいて言おう。どうせおちゃらけられて終わるのだろうけど。 最後に、6月1日、ここに遊びにきてくれたあなたへ。 大切なお時間を私たちF.G.S.W. のために使ってくださってありがとうございます。 今日一日、フレッシュな空気を胸いっぱいに吸い込んでいつものごはんもより美味しく、大切な人たちとの会話も楽しみながら、幸せな気分でお過ごしください。 そしてこれからあなたが歩いていく道に、いつも明るく暖かな光が注がれていますように。   tulip photo by Roman Kraft […]

  • May 29, 2017

    Moments #6: Shiretoko – Sea Breeze Kind of Welcome

    Moments #6: Shiretoko – Sea Breeze Kind of Welcome

      日々の営みに疲れたら行ってみるといい。 ペルシャンブルーの海、常緑樹の知床連山、平和に暮らす命。 人生観を変える旅は、小さな奇跡と限りない歓喜に満ちている。 まばたきせずに見つめていると、ほら、 オホーツクの海風がくれる、これがようこその挨拶。 ・海の向こうに見える青き雪山は、北方領土・国後島。 知床斜里町観光協会ホームページ photos by Katie Campbell / F.G.S.W.

  • May 24, 2017

    Moments #5: Chelsea Morning on the Upper East Side

    Moments #5: Chelsea Morning on the Upper East Side

    “Chelsea Morning” by Joni Mitchell   I’m on the Upper East Side but having a Chelsea Morning Because from the window I see pigeons fly and hear sparrows chirp Without milk and toast and honey and a bowl of oranges, I’m having a Chelsea Morning Because indeed the sun pours into the room like butterscotch […]

  • May 23, 2017

    ソフト宇宙 ~ Snazzy Retreat w/ “Mimi Pet”

    ソフト宇宙 ~ Snazzy Retreat w/ “Mimi Pet”

    出かける予定のない週末の朝はたいてい書店へ足が向く。最近は本だけでなく輸入雑貨や造花、おもちゃまで見かける楽しみもでき、カフェやレストランの付いたお店も増えてきて、買った本を持ち込んでランチという日も多くなったのは嬉しい限り。 先週末、友人のバースデイカードを買いに未来屋書店へ行った。ここも書籍だけでなく生活雑貨や文房具が豊富で読書好きは勿論のこと贈りものを選ぶ人でも賑わっている。 店内を見て回っていると、デザイン雑貨のシェルフに立てかけられた”イア・アクセサリー / ear accessory” という言葉。”Mimi Pet” (mimi = ‘ear’ in Japanese)とその横に書いてある。 ダックスフントの形で一見消しゴムにも見えるがあくまでもかわいいアクセサリー。グレー、ブルー、オレンジ、イエローの色使いには北欧雑貨の雰囲気があるなと思いながらグレーを手に取った。 「おお、イアプラグ(耳柱)か」と思った途端上昇するテンション。書く仕事をしてると時折私のコンセントレーションを乱す電話の音、そして窓の外で街を流しているちりがみ交換車の「ご不要になった古新聞、古雑誌とポケットテッシュ(ティッシュとは言ってくれない)、箱テッシュ、トイレットペーパーと交換いたします」のこもった声。本当に困ってたんだから、もぅ。 よし決めた、これを買おう。 家に帰ると真っ先にMimi Petを取り出してよく洗い、どこに居たって使えるくせにわざわざ一番静かで外の音が聞こえやすい書斎に入るとデスクの前に座っていよいよ身につけてみる。 胴体がふたつに割れた形なのでまじまじ見ると少し心が痛むが、気にしないようにする。 ぷにゅぷにゅとしていて柔らかく、耳にあてると少々の圧迫感。5分経っても10分経っても何も聞こえてこず眠ってしまいそうなので、ステレオに「ハンガリアン舞曲」を滑り込ませ大音量でプレイしてみると、まったく聞こえなくなるわけではないが、普段の5分の1くらいの音量には下がる気がする。お、これは使えるのではないか。 さすがに電話は無理だろうが、宿敵ちりがみ交換車ならブロックが可能かもしれない。膨らむ期待感。そして何より気に入ったのは、外界から孤立したような、それでいて精神が解放されたような、ソフトな宇宙空間を体感できるところだった。 もっとも宇宙体験などNASAへ見学に行ったくらいしかないのだけれど、Mimi Petをつけて目を閉じると、ザーという微かな血流音が不思議な浮遊感をもたらして、水に浮いているようなリラックスした気分を味わえる。 うん、これは気に入ったと目を開けると、デスクの横でメランコリックに俯く詩集の中のフェルナンド・ペソア。 ポルトガルを代表するこの偉大なる詩人を無視してひとりだけ瞬間宇宙を味わうのは失礼だ。というわけで試していただくことにすると、なかなかこれがよく似合うではないか。なるほどこんなふうに、大人がシュールに遊ぶおもちゃとしても使えそう。 Mimi Petは仕事や勉強で集中したい時、適度な真空空間を満喫したい時、そして小さなコンテンポラリーアートとしても楽しめることがここに極めて個人的ではあるが実証された。 道路を歩いている時以外、集中したい場所や静寂を求められる空間、例えば図書館などで使うならとても便利で洒落ている。隣に座る人のページをめくる音にもじゃまされず良い気分で本の世界を旅することができ、明るい日の差す窓の向こうを眺めながら物思いに耽るならなお役に立ちそうだ。 そしてややもすると「かわいい耳柱してるね」と笑顔の素敵な誰かからそうっとメモを渡されたりもする、かもしれないから、運命の出会いを待っているならひとつ持っているといい。 h concept のホームページ&オンラインショップ all photos by Katie Campbell / F.G.S.W.

  • May 20, 2017

    Emperor Gold Mystery

    Emperor Gold Mystery

    “I Will Survive” by Chantay Savage     あの夜は始まりからおかしかったのだ。 ミッドタウン・マンハッタン、午後6時。 徹夜明けで疲れていたのもあるとは思う。サロンの予約時間を間違え諦めて出てくることになったり、夫の仕事が終わるのを待つカフェで、注文したヴィエナ・コーヒーの代わりにココアが運ばれてきたり、店を出る時7ドルのコーヒーに10ドルを差し出したらおつりの3ドルに10ドル札が1枚紛れていたり(自分の名誉の為に申し上げておくが、この10ドルはその場でお返しした)。 どうも調子が狂っていると思いながら、普段どおりSheratonのロビーで夫を待ち、その後仲間4人と合流、メキシコからハネムーンでニューヨークにやってきた友人夫婦を囲んで食事。ダウンタウンへ行った。 お祝いということもあって、全員食事の席でけっこうな量のワインを飲み、終わって彼等を見送ると午後11時を過ぎていたのではないだろうか、その時ミッドタウンに戻っていたのだが、地下鉄に乗ったのかタクシーだったのか、もうそのあたりはぜんぜん覚えていない。Broadwayか6th Ave.の57丁目から南へ歩いて行ったように思う。 誰かが「飲み直そう」と言い、その時一緒にいたメンバーの半分がこう覚えているので確かだとは思うのであるが、おそらく何の理由もなくNovotelのラウンジに向かった(はずだ)。 小さなバーラウンジのストゥールに着くと、皆でBudを頼んだ、かも。 すると、これだけは覚えているのだが、東洋系のバーテンダーが言った。 「お金は要らないから、これちょっと飲んでみない?」 取り敢えず口直しにと水を勧められて、皆してグラスの水をひと口ふた口飲んだ。それから彼は見たこともないラベルの(申し訳ないがまったく記憶にない)ビアを運んできて私たちの前に置いた。 「僕が造ってるビアなんだ」 名前は確か「エンペラー・ゴールド」。中国の何とかという場所に水のとても美味しい場所があり、そこの水で造ったと言っていたような気がするので、彼はチャイニーズ・アメリカンだった可能性が高い。 冷たい水でワインの残り香をもう一度さらい、あらためてグラスの中のビアを見てみると、非常の細かな泡と薄い金色が上品でとても美しい、と思った気がする。 キンキンに冷えたエンペラー・ゴールドをのどに流し込むと、一瞬酔いが醒めた。実においしいのだ。ホップのえぐみや余計な風味はまったく感じられず、滑らかですっきりとした後味と鼻先から抜けるフルーティな香りも極上だった。何となくではあるが、アメリカ人なら誰もが大好きなMiller Genuine Draftを更に爽やかにして、1664の繊細な香りを加えたようなお味だったように思う。大量のワインなどすっかり忘れて、タンブラーのビアを最後までおいしく飲み干した。 私が覚えているのはここまでだ。 週末にまた昨夜と同じメンバーが集まると、あのビアの話になった。口火を切ったのは確か夫だ。 「それにしてもうまかったよね、エンペラー・ゴールド」 「え?」「は?」「へ?」 誰も覚えていなかった。エンペラー・ゴールドを勧められたことも、バーテンダーと話をしたことも、Novotelのバーに立ち寄ったことすらも。 覚えているのは夫と私だけで、あとの4人は酔い潰れた状態だったのか、あの夜のディナーからあとの記憶がないと言う。結局この話がこのあと6人の間でされることは二度となかった。 それから夫と私はエンペラー・ゴールドを思い出しては探してみたが、あれから15年、まだ見つかっていない。あの味だけでも忘れないよう、近い味と香りを求めて世界中のあらゆるビアを取り寄せては飲み続けてきた。けれど残念ながら「これかも」と思えるものにも出会えていない。 かなりの確率で私たちは、エンペラー・ゴールドに辿り着くことはないだろう。むしろあれは夢だったような気さえする。けれど脳裏に小さくとも残る限り、まだまだ探し続けるつもりだ。 どなたかあのすっきりとキレの良い、デリケートなエンペラー・ゴールドに巡り会ってらしたら是非Katieまでお知らせいただきたい。そして教えてください、どこで出会ったか、そしてそれは本当にエンペラーゴールドか。      NYC photos by Ben Dumond Beer photos by Katie Campbell / F.G.S.W.

  • May 18, 2017

    Ancient Mushroom?

    Ancient Mushroom?

    “Tin Man” music by America   振り返ればもう10年以上も前になる。31日をかけて夫と二人ニューヨークからロスアンジェルスまで、くたびれかけてもなかなかファンキーだった愛車のBMW325isに乗って2度目の北米大陸横断を敢行した。これはその時の写真である。 確かな場所を覚えていないのであるが、アリゾナ州のどこかで間違いないと思う。ニューメキシコに2泊した後グランドキャニオンに向かう途中、こんな感じのロッキーな道ばかりで流れる景色にほとほと飽き、やがて「中だるみNO.8」が二人を襲った。 因みにアメリカを横断する人は必ず経験するだろう、同じような道が何時間も続き、特に南西部に多いのであるが、隣で運転する相手との会話も重たくなって車内の空気が写真のように乾燥してくるあのいやな感じ。その時の為に、旅に出る前予め手帳に話題を500は書き留めておくとよい。 さて、私たちにも「まだこんな?いつまでこんな?」な空気が立ち込め始めた頃、突然起死回生のそれが目に入った。こちらである。 近くに車を止めて近くまで歩いていくと、188cmの夫の3倍、いや4倍あったようにも思える(実際には3倍くらいだったかもしれぬ)巨大なマッシュルーム型の岩。 「こんなセンセーションに出会えるなんて、やっぱり旅には幸運が付きものだね」 「これはもしや、古代マッシュルームの化石なんじゃなかろうかね」 などと、先程までのどよ~んとした無言の3時間をさらりと忘れ、ありもしない話に狂乱する愚かな夫婦を巨岩と、そして近くで水仕事をしていたネイティブ・アメリカンの若い女性は情けなさそうな笑顔で快く受け入れてくれた。 ネイティブ・アメリカンの歴史と文化には彼等の信仰や神話に基づいた物事がたくさんある。この岩についても何かしら彼等にとって大切な意味があるといけないと思ってエピソードや物語がないか尋ねることもせず、またマッシュルーム岩に触れもしないまま早々に車に戻った。 このような形の岩は世界各地の特に砂漠地帯に見られ、主に風や水による侵食によって数千年を掛けてマッシュルーム型になると言う。自然の営み、というよりも私は神様のいたずらと思いたいくらいにコミカルで人の心を和ませる穏やかな風貌の岩であった。 先程は調子に乗って言っていたが、「旅には幸運が付きもの」これはまんざら旅疲れした二人の寝言でもないように思う。長い長い道中、こんなに楽しいひとときを与えてくれるものに出会えるのだもの。 さて、3度目の大陸横断はいつになることか。 all photos by Katie Campbell / F.G.S.W.

  • May 17, 2017

    Sanctuary Named “God of the Forest” (森の神様)

    Sanctuary Named “God of the Forest” (森の神様)

    “Fall In” music by Esperanza Spalding     北海道にもようやく春が訪れて、と言っても日中まだまだ15度に満たない日も多いのでジャケットやストールが必要な日も多いのであるが、それでも日差しの明るい晴れの日には森だけでなく街中の緑もどんどん育ち、人の目にも心にも活力を与えてくれるようになった。そんなとき、日々色濃くなっていく木々の葉に命の強さを感じる。 パワースポットというカルチャーワードを私は日本に来て初めて知ったが、まさに命に力を与えてくれる場所だと言う。信仰を持つ人にとっては勿論聖地と呼ばれる「神聖な場所」が実際に存在するが、信仰を持たない人にとってのサンクチュアリーは心にエナジーと安らぎを与える場所であり、自然と心が赴くのもまた信仰のひとつなのかなと思ったりもする。 もうだいぶ前のことだが、私が愛して止まない隣町、東川町の小さな骨董品店に立ち寄った折、首振りのかわいいキタキツネの置きものに目が留まり「ニューヨークに帰る時のお土産になりそう」と夫と同時に肯いて手に取るなり「紅茶でもどう?」と勧めてくれた店主さんの言葉のままに座り込んでお茶をいただいていると、私たちが選んだキタキツネは「オンコの木」でできていると言われ「初めて聞く名前です」と答えるとイチイ(またはアララギ)という種類でオンコという名は北海道や東北で呼ばれるのだと教えてくれた。 それから神話を織り交ぜながら木々に纏わるさまざまな話を聞かせてくれた中で「森の神様はカツラの木で」の「カツラ」ではなく「森の神様」という言葉に私の好奇心アンテナがトゥルトゥルと両耳から立ち上った。その店に行ったのはクリスマスの頃で道北はすっぽりと純白のパウダースノーに覆われており、森の神様には春から秋でないと会えないのだと言われて(雪が深い為森の中に入れないというだけ)ひたすら次の春が訪れるのを、デスクの前に「森の神様に会いに行く」と書いて待った。 森の神様は、私の家から程近い美瑛町の、何でもない深い深い森の中に、いる。東川町から天人峡までは道道213号線一本道なのだが、森の神様は経済効果をもたらすような観光スポットではないので大きなゲートやましてや売店などあるはずもなく、道路沿いに「森の神様まで400m」の看板があるものの北海道生活5年目にもなる私はこれを頼りに辿り着けたことがまだ一度もない。必ず通り過ぎては戻ることになる。 そうして2キロほども行き過ぎてからUターンし、ゆっくり左側を注視しながら戻っていくと、小さな立て札が見えてくる「森の神様」とだけ書かれた立て札が。 213号線から車で林道に入るとしばらくして行き止まり。その奥に森の神様が鎮座している。 北海道森林管理局の公式発表によると、この木は推定樹齢900年、幹の周りは11メートル以上、高さは31メートルにも及ぶという。 神様だ、と誰もが思うのではなかろうか。周囲には無数の木々が立つもそれらがまるでこのカツラの巨木を崇めるかのように少し距離を置き、守るかのように囲って立ち並んでいる。1本の大木ではなく数本が天高く伸びている様子は何か物語が潜んでいるようにも見え、威厳というよりも凛としている、の方がこの木にはよく似合う。 道道を走る車の音が聞こえないのは鬱蒼としている森のためか、それとも人間には見えない神秘のヴェールがこの場所を包んでいるからなのか、森の神様の袂に立ち、聞こえてくるのは風と、さやさやという木の葉の触れ合う音、そして時折微かに響いてくる鳥のさえずりだけだ。 森の神様の前に立ったら、まず下から上へ向かって眺めてみる。右へ左へと伸びている枝はしなやかな女性の腕にも似て、訪れた私たちを優しく迎え入れてくれているようだ。角度によって違って見える森の神様、ゆっくりぐるりとひと回りしてみるとその大きさに驚き、900年もの間どれだけの生きものたちを見守ってきたのだろうと思う。 ここに来て必ず気付く。大地から頭の先へ向かって何かが辿り上がって来、実際に吹いている風とは違う清々しい気がまっすぐ胸に入り込んでくる感覚。いい気持ちだ。 ここでの深呼吸は森の神様を仰ぎながら、降り注ぐ生命の粒とそこに湛えた閑けさをいただくようにするのがいい。いつもとは違う穏やかな気持ちで帰れるはずだ。それからそうっとその体に触れてみるといい。疲れた心を癒し、浄化してくれるはずだ。そして話をしてみるといい。何かよいことを、幸せな生き方のヒントを教えてくれるはずだ。 カツラには香りがあるのだそうで、森の神様に近付いていくといい香りがすると言う。これを感じられるようになるにはまだまだ森を歩く必要がありそうだがひとつだけ確信したのは、この木が私にとって初めての、心のサンクチュアリーになったということだ。 美瑛や富良野、旭川の観光名所巡りに疲れた頃には半日時間をとってほんのひととき森の神様と過ごしてみるといい。北海道の美しさをまたひとつお土産にできるだろう。 「森の神様」というソフトな名前もいいものだなと思ったら、これは1998年に美瑛町の小学生たちが命名したのだそうだ。森の神様もきっと、子供たちの清らかな心によってつけられた自身の名を気に入っているに違いない。   北海道森林管理局「美瑛・森の神様」 美瑛町ホームページ 「ようこそ東川」ホームページ   all photos by Katie Campbell / F.G.S.W.

  • May 16, 2017

    Moments #3: Sun in the Twilight

    Moments #3: Sun in the Twilight

      In Memphis, TN there is the sun that shines in the twilight. After the shop was closed and all those tourists were gone, Somehow you hear people laughing, instruments playing, And some of them singing under the sun. Sounds so familiar. Could be him, maybe them. But you never see how they’re doing under […]

  • May 13, 2017

    Otaru Pathos After 6

    Otaru Pathos After 6

        “Gotcha Love” music by Estelle     閉店間際まで北一ホールで話をし、空想をし、詩集を読んで外に出ると午後5時50分。 空が青いうちは大いに賑わっていた通りもひとり、またひとりと消えていき、町が紅く染まるにつれて恋が始まったときのようなセンチメントに包まれる。 愛と郷愁はどこか似ている。 北一硝子のサインにも灯りが入った。日中の小樽は仮の姿で、亡霊が夜を待つように、日が暮れるにつれ真の姿を現し始める。50年前、100年前へと戻っていくような目眩をも誘う。 小樽の夜は早く訪れる。 蔵造りのガラスショップや飲食店の殆どが午後6時には扉を閉めて、通りは黄昏時にはもう静まり返る。正直な気持ちを言えばせめて8時くらいまでは開いていてほしいけれど、現代人の、ましてやアメリカからやってきた人間の思いなど嘲笑されるだけなのだ、「分かってないね、小樽を」と。 ここからは恋人たちの時間。 ふたりは小樽運河を臨む道路に出る。目の前を、家路を急ぐ車が少し冷たくなった春風を切って通り過ぎてゆく。夜の群青が下りて地上に残る紅を溶かしてゆく様子を彼女は見逃さない。 「寒くない?」彼が尋ねると、 「大丈夫。これが北海道の4月なんだね、きっと忘れないだろうな」 信号が青になって、運河へ。 団体の観光客はホテルへ、食事へと散っていき、揺れる水辺を眺めながら語り合う恋人たちが数組。フランス語、韓国語、ロシア語、そして英語。言葉は違うがみな一様に肩を寄せて佇み、小樽に漂う爽やかな哀愁で心を潤す。 午後7時。運河を後にしたら、少し飲もうかと目指すのは坂の途中の「小樽バイン」。 恋するふたりが人目も気にせず見つめ合うには少し明るくて広過ぎるが、すっきりとしたケルナーから始めて3つめのグラスを空ける頃、小樽ワインは瑞々しい媚薬であることを彼女は知る、今夜が忘れられない夜になる予感とともに。 小樽バインをあとにすると、通りの向こうに怪しく光る旧「日本銀行小樽支店」。この町が大切に守る歴史的建造物も夜には彼等の思い出づくりにひと役買ってくれる。 「ホテルに戻る?」 「せっかくだからもう少し歩こう、酔いを醒まさないと」 彼は彼女の手を取ってまた坂を下りていく。一生に一度の大切な言葉は、運河で贈ることに決めたようだ。    

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