Tag: Cafe
-
You&Me Philosophy
“Built for Love” by PJ Morton 本当ならハロウィーンディナーの買いものでもしているはずだった10月最終日の午後。何も予定を入れないこの日があるなんて、思いもよらなかった。 10月は夫も私も多忙を極め、繰り返し数えてみても何日一緒にいたか覚えてもいない。ハロウィーンをただの気だるい休日にしたのは、それが理由だ。 久し振りに帰宅した夫とランチに出てからしばらくドライブし、私たちが「小軽井沢」と呼んでいる東川町のカフェに立ち寄った。 今年できたばかりのその店にはひと組の先客があったがとても静かで、普段なら決して聞き逃すことのないBGMも覚えていないほどの静寂。この日の私たちには嬉しかった。 飲みものが運ばれてきてからは、殆ど話をしなかった。夫はもちろん長い出張で疲れていたし、私も文字との格闘が続きいささか脳内がショートしていた。 真空管の中にいるような時間がゆっくり、ゆっくりと流れていく。夫はタブレットで読書をし、規則的にページを流す彼の指先を、私は熱いトラジャ・ママサを飲みながらぼんやりと追った。 久し振りに時間を気にせずいられると思ったら、気が緩んだのか軽い眠気が訪れた。視線を落とすと、グラスの中の水がとてもきれいに見えた。 東川は日本でも珍しい「上水道0%の町」。この町で使われている水は大雪山の伏流水、それだけでごちそう。北海道の移住率1位はここにも理由がありそうだ。 夢現を行き来しながら私はひとつずつ数えるように嬉しくなった。澄んだ水、心地良い時間、それから本を読む夫の口もとに浮かぶ笑み。 晩秋の西日が店の窓から差し込み四角くなって集まると、その中にある文字が浮かび上がったように見えた。 “blessed” ~ 恵まれた人生だ。 若い頃なら、会話が途切れるという不安のエッセンスが胸に直接流れ込んでチリチリと痛みもしただろうが、今はこんな時こそ相手の気持ちが手に取るように分かるし、思いやれる。テーブルを挟んで、言葉がない時にこそ見えてくる空気に確信する。相手の存在と、その人の為に生きることが己の人生を満たしているということ。 よくもまあそんなこと言えるねと笑われてしまうかもしれないが、私たちの間に漂っていたその空気は22年連れ添ってみないと分からなかった、22年経った今、気付けば完成していた夫と私の「夫婦(めおと)哲学」であると言ってしまっていいのではない、か、な? 店を出ると、日が沈んだばかりで辺りは橙に染まり、店の窓ガラスにもヨーロッパの古い絵画のように映っていた。 明日はまた遠くへ出かける夫に、今夜はからだに優しい夕食を考えよう。 Wednesday cafe & bake: 北海道上川郡東川町東8号北1番地 TEL: (0166) 85-6283 Open Hours: 11:00 – 18:00 Closed: 木曜日 Wednesday Instagram 写真の町 北海道上川郡東川町オフィシャルウェブサイト: Higashikawa Town of Photography
-
Count Blessings in My Twinkle Lair
“Darn That Dream” Music and Performed by Bill Evans 何もない日に自然と心の赴く場所が、ひととき心を浸したい隠れ家が小樽にある。 「北一硝子」は小樽が誇る老舗硝子製品ブランド。この町を訪れ北一の硝子を手に取らないまま去る人はおそらくそうはいないだろう。優しい風合いの北一のガラスは小樽の思い出を、消えることのない暖炉のようにほんのり暖かく残してくれる。 北一3号館に私の、その場所がある。「北一ホール」北一硝子のカフェテリアだ。 観光客が幸せな笑顔で行き来する通りから3号館に入るとそこは地下壕、を私は知らないが、100年も昔へ誘うラビリンスに迷い込むようなコリドー。10歩進んで外を見ると明るい太陽に照らされた普段の小樽があるのに、手の届かない星のような気持ちにさせる異空間。 冷たい石の壁に小さく灯るランプが連なり、目で追っていくとその奥は更なる迷宮。自ら足を踏み入れるのに一瞬、緊張する。北一ホールのエントランスはまるでブラックホール。 店の中は広く、高く、そして暗い。167個もの石油ランプの明かりだけが煌めき、突き当たりのガラスの壁にリフレクションとなって銀河をつくる。 客の顔は見えない。時折出入りする人の足音とギーギーという木床の軋音が静かに心地良く響く。遠い過去への鉄の扉を自ら開いたような、そんな音にも思えてくる。 店自慢のアイスロイヤルミルクティーは、紅茶の苦みにまろやかなミルクが穏やかで贅沢な、成熟した大人に似合う味。ソフトクリームが少し溶けてからがおいしいと私は思っている。白くシャープな螺旋が消え始めたら良い頃合だが、そのほんの数分を、天井や壁のステンドグラスを眺めながら待つのが楽しい。 ここでの会話は小さな声で。特別な話などしたくない。ましてや別れ話などしない方がいい。そのあとしばらくは来られなくなってしまうから。 この店で何か読むのなら、小説よりも詩集がいい。小説に夢中になってこの時を味わうことを忘れてはもったいない。そしてホールに広がる銀河は、言葉の世界をより豊かにしてくれる。 今日はロルカの詩集を持ってきた。 And After The labyrinths formed by time dissolve. 時が形成した迷宮が消えていく。 (Only desert remains.) (砂漠だけが残る。) The heart, fountain of desire, dissolves. 心と欲望の泉が消えていく。 (Only desert remains.) (砂漠だけが残る。) The illusion of dawn and kisses dissolve. 夜明けの錯覚と口づけが消えていく。 Only desert Remains.…