Tag: Discover Hokkaido
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Escapism ~ 過ぎ来し方と遊ぶ家
BGM: “Missing You” by George Duke 冬に別れを告げる心の準備も整った5月初旬、春を求めて道東へ向かい帯広、釧路と巡ってゆっくり海岸線を走りながら目指したのは日本最東端の町・根室。そして旅の終着点に決めた納沙布岬を訪れて帰路に着こうという頃。 陽の傾き始めた根室の静かな町で見つけた白い看板。”guild Nemuro”. ヨーロピアン・アンティークをはじめ日本製ジュエリーやアパレル、テーブルウェアを揃えたセレクトショップだ。オーナーの中島孝介氏が2013年この地に構えた。 扉を開き足を踏み入れると、そこには柔らかなライティングと午後の自然光が溶け合ってノスタルジックな空気が流れ、サイプレスやジュニパー、あるいはフランキンセンスだろうか、その中にベルガモットを落としたような神聖で心地良いセント、空間に広がる静寂。思わず深呼吸する。 まず目に飛び込むのは、スムースで優しい光を湛えたミルキーホワイトの食器。店全体に楚々とした印象を与えているそれらはヨーロピアンアンティークと日本製。質感の違いが楽しい。 ダウンタウン・マンハッタンのインテリアショップを思わせる、ラスティックながらもスタイリッシュなディスプレイの店内に心なしか懐かしいのはおそらく、店のそこここに佇むヴィンテージインダストリアルの家具が持つ温かで重厚な存在感のため。 コッパーのケトルは広い店内でもひと際輝きを放っている。とても気に入ってしばらくの間、かがんだままじっと見とれていた。 店主に尋ねると、ここに集められたアンティークはオランダ、フランス、ベルギーで彼の心を掴んだものたちなのだと言う。 成り行きに任せたようにもデザインされたようにも見えるウッドストーブのコーナー。フロアに漂う北海道の冷気は時を止める役割を担う。音もなく、耳に入るのは靴音だけ。 店主との運命の出会いを果たした鯨は、guild Nemuroの守護神となって悠久の時へと私たちの船出を誘う。 100年前の北欧に咲き誇っていた花たちは海を超え、遠い日本の小さな町で新しい命を授かり再びその美しさを取り戻した。 私は壁の前に立って我が家を思い描く。この9枚のフレームを北西に窓のある書斎に飾ると、マホガニーのデスクとよく合うに違いない。3枚ずつ縦に、横に。いややはりこのままにしてあの部屋をミュージアムにしよう。空想は尽きない。 良いものを置いている店では想像力も、また願望も豊かになるものだ。 この店は、古き良き世界の国々へ連れていってくれるだけでなく、現代日本の美も伝えている。アンティークテーブルにも馴染む食器はプレーンで落ち着きがあり料理を選ばない、長崎・波佐見焼のテーブルウェアブランド”Common” のもの。横に並ぶカトラリーは、北欧の貴族が使ったものか。そんなファンタジックな情景が目の前に映し出されるよう。 アンティークたちが生まれた頃へと遡り、時空を超えた散歩でもするようにゆっくりと見て回るのが楽しいguild Nemuro。そこにあるひとつひとつに刻まれた物語を空想すると、魂が身体から抜け出したような浮遊感を覚える。 この時気がついた。この店で私はエスカピズム(escapism・現実逃避)を体験しているのだ。 一番奥でこちらをじっと見つめるキリンに圧倒されその場に立ち尽くしていると「お譲りしましょうか」とラフに言う店主。もの静かな彼の宇宙レベルの思考にもう一度驚く。 guild Nemuroがコンセプトに掲げる「衣食住」は店独自の世界を際限なく広げていく。 店主が根室に移るきっかけとなったジュエリーデザイナー・古川弘道氏やファッション・デザイナー・suzuki takayuki氏の作品もまたこの店をよりchicに彩っている。 陶器やガラスの美しさに魅了され、手に取ればそのぬくもりに夢中になり、時の経つのも忘れたままいつしか扉の向こうは夜へと色を変え始めている。 陽光の射し込む時間帯には夕暮れ時とは違った、爽やかでライブリーなエナジーが漂うのだろう。 guild Nemuroに纏わるさまざまな話を惜しげもなく聞かせてくれた親切な店主に別れを告げて店を出ると、日曜日の午後6時40分。夕陽はオレンジとパープルを程よく混ぜて街中を染め、美しい日常が私を100年前の世界から覚醒させた。 過ぎ越し方と遊ぶ家は、明日もここで訪れる人を待つ。 guild Nemuroホームページ AVMホームページ suzuki takayukiホームページ 根室市観光協会ホームページ Nemuro Tourism Information official Website(in English) all images edited by Kaori…
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Moments #6: Shiretoko – Sea Breeze Kind of Welcome
日々の営みに疲れたら行ってみるといい。 ペルシャンブルーの海、常緑樹の知床連山、平和に暮らす命。 人生観を変える旅は、小さな奇跡と限りない歓喜に満ちている。 まばたきせずに見つめていると、ほら、 オホーツクの海風がくれる、これがようこその挨拶。 ・海の向こうに見える青き雪山は、北方領土・国後島。 知床斜里町観光協会ホームページ photos by Katie Campbell / F.G.S.W.
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ソフト宇宙 ~ Snazzy Retreat w/ “Mimi Pet”
出かける予定のない週末の朝はたいてい書店へ足が向く。最近は本だけでなく輸入雑貨や造花、おもちゃまで見かける楽しみもでき、カフェやレストランの付いたお店も増えてきて、買った本を持ち込んでランチという日も多くなったのは嬉しい限り。 先週末、友人のバースデイカードを買いに未来屋書店へ行った。ここも書籍だけでなく生活雑貨や文房具が豊富で読書好きは勿論のこと贈りものを選ぶ人でも賑わっている。 店内を見て回っていると、デザイン雑貨のシェルフに立てかけられた”イア・アクセサリー / ear accessory” という言葉。”Mimi Pet” (mimi = ‘ear’ in Japanese)とその横に書いてある。 ダックスフントの形で一見消しゴムにも見えるがあくまでもかわいいアクセサリー。グレー、ブルー、オレンジ、イエローの色使いには北欧雑貨の雰囲気があるなと思いながらグレーを手に取った。 「おお、イアプラグ(耳柱)か」と思った途端上昇するテンション。書く仕事をしてると時折私のコンセントレーションを乱す電話の音、そして窓の外で街を流しているちりがみ交換車の「ご不要になった古新聞、古雑誌とポケットテッシュ(ティッシュとは言ってくれない)、箱テッシュ、トイレットペーパーと交換いたします」のこもった声。本当に困ってたんだから、もぅ。 よし決めた、これを買おう。 家に帰ると真っ先にMimi Petを取り出してよく洗い、どこに居たって使えるくせにわざわざ一番静かで外の音が聞こえやすい書斎に入るとデスクの前に座っていよいよ身につけてみる。 胴体がふたつに割れた形なのでまじまじ見ると少し心が痛むが、気にしないようにする。 ぷにゅぷにゅとしていて柔らかく、耳にあてると少々の圧迫感。5分経っても10分経っても何も聞こえてこず眠ってしまいそうなので、ステレオに「ハンガリアン舞曲」を滑り込ませ大音量でプレイしてみると、まったく聞こえなくなるわけではないが、普段の5分の1くらいの音量には下がる気がする。お、これは使えるのではないか。 さすがに電話は無理だろうが、宿敵ちりがみ交換車ならブロックが可能かもしれない。膨らむ期待感。そして何より気に入ったのは、外界から孤立したような、それでいて精神が解放されたような、ソフトな宇宙空間を体感できるところだった。 もっとも宇宙体験などNASAへ見学に行ったくらいしかないのだけれど、Mimi Petをつけて目を閉じると、ザーという微かな血流音が不思議な浮遊感をもたらして、水に浮いているようなリラックスした気分を味わえる。 うん、これは気に入ったと目を開けると、デスクの横でメランコリックに俯く詩集の中のフェルナンド・ペソア。 ポルトガルを代表するこの偉大なる詩人を無視してひとりだけ瞬間宇宙を味わうのは失礼だ。というわけで試していただくことにすると、なかなかこれがよく似合うではないか。なるほどこんなふうに、大人がシュールに遊ぶおもちゃとしても使えそう。 Mimi Petは仕事や勉強で集中したい時、適度な真空空間を満喫したい時、そして小さなコンテンポラリーアートとしても楽しめることがここに極めて個人的ではあるが実証された。 道路を歩いている時以外、集中したい場所や静寂を求められる空間、例えば図書館などで使うならとても便利で洒落ている。隣に座る人のページをめくる音にもじゃまされず良い気分で本の世界を旅することができ、明るい日の差す窓の向こうを眺めながら物思いに耽るならなお役に立ちそうだ。 そしてややもすると「かわいい耳柱してるね」と笑顔の素敵な誰かからそうっとメモを渡されたりもする、かもしれないから、運命の出会いを待っているならひとつ持っているといい。 h concept のホームページ&オンラインショップ all photos by Katie Campbell / F.G.S.W.
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Otaru Pathos After 6
“Gotcha Love” music by Estelle 閉店間際まで北一ホールで話をし、空想をし、詩集を読んで外に出ると午後5時50分。 空が青いうちは大いに賑わっていた通りもひとり、またひとりと消えていき、町が紅く染まるにつれて恋が始まったときのようなセンチメントに包まれる。 愛と郷愁はどこか似ている。 北一硝子のサインにも灯りが入った。日中の小樽は仮の姿で、亡霊が夜を待つように、日が暮れるにつれ真の姿を現し始める。50年前、100年前へと戻っていくような目眩をも誘う。 小樽の夜は早く訪れる。 蔵造りのガラスショップや飲食店の殆どが午後6時には扉を閉めて、通りは黄昏時にはもう静まり返る。正直な気持ちを言えばせめて8時くらいまでは開いていてほしいけれど、現代人の、ましてやアメリカからやってきた人間の思いなど嘲笑されるだけなのだ、「分かってないね、小樽を」と。 ここからは恋人たちの時間。 ふたりは小樽運河を臨む道路に出る。目の前を、家路を急ぐ車が少し冷たくなった春風を切って通り過ぎてゆく。夜の群青が下りて地上に残る紅を溶かしてゆく様子を彼女は見逃さない。 「寒くない?」彼が尋ねると、 「大丈夫。これが北海道の4月なんだね、きっと忘れないだろうな」 信号が青になって、運河へ。 団体の観光客はホテルへ、食事へと散っていき、揺れる水辺を眺めながら語り合う恋人たちが数組。フランス語、韓国語、ロシア語、そして英語。言葉は違うがみな一様に肩を寄せて佇み、小樽に漂う爽やかな哀愁で心を潤す。 午後7時。運河を後にしたら、少し飲もうかと目指すのは坂の途中の「小樽バイン」。 恋するふたりが人目も気にせず見つめ合うには少し明るくて広過ぎるが、すっきりとしたケルナーから始めて3つめのグラスを空ける頃、小樽ワインは瑞々しい媚薬であることを彼女は知る、今夜が忘れられない夜になる予感とともに。 小樽バインをあとにすると、通りの向こうに怪しく光る旧「日本銀行小樽支店」。この町が大切に守る歴史的建造物も夜には彼等の思い出づくりにひと役買ってくれる。 「ホテルに戻る?」 「せっかくだからもう少し歩こう、酔いを醒まさないと」 彼は彼女の手を取ってまた坂を下りていく。一生に一度の大切な言葉は、運河で贈ることに決めたようだ。
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Count Blessings in My Twinkle Lair
“Darn That Dream” Music and Performed by Bill Evans 何もない日に自然と心の赴く場所が、ひととき心を浸したい隠れ家が小樽にある。 「北一硝子」は小樽が誇る老舗硝子製品ブランド。この町を訪れ北一の硝子を手に取らないまま去る人はおそらくそうはいないだろう。優しい風合いの北一のガラスは小樽の思い出を、消えることのない暖炉のようにほんのり暖かく残してくれる。 北一3号館に私の、その場所がある。「北一ホール」北一硝子のカフェテリアだ。 観光客が幸せな笑顔で行き来する通りから3号館に入るとそこは地下壕、を私は知らないが、100年も昔へ誘うラビリンスに迷い込むようなコリドー。10歩進んで外を見ると明るい太陽に照らされた普段の小樽があるのに、手の届かない星のような気持ちにさせる異空間。 冷たい石の壁に小さく灯るランプが連なり、目で追っていくとその奥は更なる迷宮。自ら足を踏み入れるのに一瞬、緊張する。北一ホールのエントランスはまるでブラックホール。 店の中は広く、高く、そして暗い。167個もの石油ランプの明かりだけが煌めき、突き当たりのガラスの壁にリフレクションとなって銀河をつくる。 客の顔は見えない。時折出入りする人の足音とギーギーという木床の軋音が静かに心地良く響く。遠い過去への鉄の扉を自ら開いたような、そんな音にも思えてくる。 店自慢のアイスロイヤルミルクティーは、紅茶の苦みにまろやかなミルクが穏やかで贅沢な、成熟した大人に似合う味。ソフトクリームが少し溶けてからがおいしいと私は思っている。白くシャープな螺旋が消え始めたら良い頃合だが、そのほんの数分を、天井や壁のステンドグラスを眺めながら待つのが楽しい。 ここでの会話は小さな声で。特別な話などしたくない。ましてや別れ話などしない方がいい。そのあとしばらくは来られなくなってしまうから。 この店で何か読むのなら、小説よりも詩集がいい。小説に夢中になってこの時を味わうことを忘れてはもったいない。そしてホールに広がる銀河は、言葉の世界をより豊かにしてくれる。 今日はロルカの詩集を持ってきた。 And After The labyrinths formed by time dissolve. 時が形成した迷宮が消えていく。 (Only desert remains.) (砂漠だけが残る。) The heart, fountain of desire, dissolves. 心と欲望の泉が消えていく。 (Only desert remains.) (砂漠だけが残る。) The illusion of dawn and kisses dissolve. 夜明けの錯覚と口づけが消えていく。 Only desert Remains.…
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Moments #1: Sweet Illusion of Hopper’s New England
2017年5月3日、根室・納沙布岬近く。 心が乱れはじめたのは、海風のせいじゃない。 北海道最東端で出会った、Edward Hopperの描く風景。 見晴らしのよい乾いた土地に スモーキーグリーンのコロニアルハウスでも建っていたなら おそらく私はそこをCape Codと錯覚しただろう。 そう思ったら少し、故郷New Yorkで過ごす夏が恋しくなった。 Written by Katie / F.G.S.W. Top photo by Michael Mroczek
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Nightcap and April Snow
music by WEE “You Can Fly on My Aeroplane” 音楽でも聴きながら。 私の町は昨日・今日と、名残雪にしっとりと包まれた。 毎年4月も中旬、ある年は下旬にも雪の降る旭川であるが、こんな日は去りゆく冬と別れる時間が愛おしい。 今夜はNYから25年来の友人Mattがやってきており、夕方も早いうちからバーボンのボトルを左手に書棚を物色していると思ったら、懐かしいWEEのアルバム”You Can Fly on My Aeroplane”を選んでプレイヤーに滑り込ませた。 書斎から戻るとキャビネットからグラスを取り出して夫と彼自身にはバーボンソーダを、私には「これ1杯にしておけよ」とオンザロックを作ってくれた。それから彼等はビジネスだのNYだのと話を始め、私は黙ってCDを聴いていた。こんな曲が似合う夜だ。 1977年リリースのこのアルバム。メロウでサイケデリックで、華やかでワルだった70年代の魅力が詰まっている。 もう随分と昔の話だ。私の記憶が正しければ、Astor PlaceからLafayetteを少し下った辺りだったか、小さなレコードショップがあって、知り合ったばかりの夫とデートの途中で立ち寄り、二人でこのアルバムを買ったのだった。 ああそう言えば、店から出ると道の向こう側にストレッチが止まり、奥の扉からスーパーロングのドレッドがダースベイダーのマントにも見えた巨大(は私の見た目であるが)な男が出てきた。周囲を歩く人たちは皆驚いて呆然と立ち尽くすほどの威圧感であったのだが、俯き加減の笑顔は穏やかで瞳がとても美しかったのを覚えている。Maxi Priestだった。 カリッ、と夫のアーモンドをかじる音が軽く響いて、今この時に連れ戻された。 日中、雲はグレイのグラデーションが美しく、水分を多く含んだ大粒の雪を絶え間なく降らした。宮下通りを走らせ車窓から中心街の様子を眺めると、おそらくアジアからのツーリストなのだろう、横断歩道を待つ30歳くらいの男女二人が思いがけない春の雪に空を見上げ、両手を広げて、ついでに大きく口まで開けて道北ならではの思い出づくりを楽しんでいた。故郷に帰って自慢するんだろうな、「Hokkaidoで4月の雪を飲んできた」と。 おそらくシーズン最後の雪の夜、良い気分だ。友の持ってきたFour Rosesの、鼻先から抜ける何とも良い香りを幾度も味わいアルバム1枚聴き終えたなら、ナイトキャップのオンザロックも最後のひと口を飲みほして、アイスホッケーの話で夜も明けそうな彼と夫には目もくれず、私はこのまま先に寝てしまおう。 music by WEE “Leavin’ You Alone”
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Hokkaido ~ Longing for Spring
Music: Serenade from “Hassan” Composed by Frederick Delius 音楽でも聴きながら。 北海道、3月。 氷柱が艶やかに光り始めた。 日差しが淡く柔らかくなり気温が氷点下を上回ると 真冬の間は太く長くなっていくばかりだった氷柱が水へと戻る準備に入るのだ。 パーンパーンと森の奥から響くトドマツやハルニレの「がまわれ」も ひとつ、またひとつと消えていく。 オホーツクの海を白く覆った流氷も今、去る時を知る。 大雪の山々には子育てを始めたキタキツネが、今か今かと雪解けを待つ。 「静かに、きっともうあと少し」 耳をそばだてじっと確かめるのは、雪の下から微かに伝わる春の鼓動。 おや? たった今、親子の耳にも届いたようだ、春のいのちの生まれる音が。 気が逸るのは人間たち。雪割り、苗づくり、花壇の手入れ。 コートをクリーニングに出してブーツをしまって、ふきのとうはいつ採りに? カタクリが咲いたら花見の準備を。 4月、5月の夢を見る人間たち。 all photos by Katie Campbell from F.G.S.W.